前回、治療家にとって武術は「学んでおくと絶対的に有利だが、必ずしも必要ではない」とし、治療家が武術を学ぶことの有利さを述べました。

今回は「必ずしも必要ではない」という部分です。いくつかポイントがあります。



◯まず前提として

武術と一口に言っても様々なものがあります。
(ちなみにここでいう武術とは剣道、柔道などスポーツ化した現代武道は除きます。)

剣術、柔術などに始まり、槍術、弓術など、特定の技術のみ修行する道場もあれば、複数の流派の様々な技術を段階的に学ぶ道場もあります。
現代武道にあっては使う武器や戦い方が違えば、全く別物として触れもしませんが、戦国時代にあっては「武芸十八範」などという言葉があるように複数の武器や技術を満遍なく学ぶのが当たり前だったようです。
現代に残る武術(古武術)の流派の技術もそれら複数の武器や技術に裏打ちされたもので、その流派を代表するものを流派として名乗っているようです。
例えば剣術を名乗るか、柔術を名乗るかで間合感覚や体の在り方などは少し変わってきます。

また例えば同じ柔術でも◯◯流という部分の違いで技術の方向性が変わることがあります。
私が学んでいる合気道を例にとると、合気会系、養神館系、心身統一系、岩間系などで技術への解釈がかなり違います。
それに指導者毎の考え方の違いまで加わると、武術の道場で学べることにはかなり違いが出てきてしまいます。
本来は各自の学んでいる治療技術と表裏になる武術をセットで教えてくれるところを選べばいいのですが、現代ではそもそもそういうところを探すのが難しいのです。

治療家が武術を学ぼうと思っても、自分の治療をレベルアップさせてくれる武術はどの流派の技術なのか、というところでつまづいてしまうケースの方が多いと思います。



◯比べちゃダメだ!でも・・・

殺法と活法のどちらがより難しいかという問いはある意味タブーかもしれません。
治療家と武術家のどちらの方が上か、という意味に捉えられかねないからです。
本来表と裏で技術の違いはないので比べることはできないのですが、条件によって難易度の違いはあるような気がします。

殺法では相手が敵対を前提に稽古しますが、活法では相手は協力体制にあるため、殺法よりも技の原理を成立させやすいといえます。

殺法では壊すこと(痛める)を学びますが、活法では壊すギリギリのところを使って治療します。
治療では本当に痛めるわけにはいかないので痛める直前のギリギリまで攻め込む感覚を学びづらいといえます。

他にも色々とあると思いますが、総じて技術を学ぶには殺法の方がより厳しい条件になるため、より質の高い稽古ができると思います。

だからこそ武術を学ぼうと考えるのだと思いますが、同じ技術の表現が違うだけですから、殺法だから学べて活法だから学べないというわけではありません。

ただ、前回述べたように殺法→活法という学ぶ流れが一般的だったために活法には体の使い方や技術的な口伝が少ないという傾向があるということは押さえておかないといけません。




◯使える技術になるのはいつ?

治療家が武術を学ぶ上で1番のネックになるのがここかもしれません。
武術をある一定のレベルまで習得するには時間がかかります。誤解されると困るのですが、これは指導者が教えてくれないという話ではありません。
武道の原理や体の使い方は日常生活の延長上には無く、動きの中で使う筋肉が違ったり、働かせる順序が違ったりします。
それを意識することなく動きの中で出せるようなっていないと本当の意味で治療には生かせません。

つまり体の動かし方のプログラムそのものが変わるのです。これは意識せずともそういう動きになるという状態ですから、すぐには獲得できないのは当然といえば当然です。

また必ずその段階にたどり着けるとも限りません。ある流派では15年続けて芽がでればいい方なんてことも・・・。



◯自分が目指す先は?

自分がどういう治療家を目指しているか、というのはかなり大切なことです。それによって武術を学ぶ目的も変わると思います。

明日の治療に生かす、という目的で武術を学ぶとすると10年修行しないと身につかない、と言われても途方に暮れてしまいます。

しかし生涯をかけて自分自身を治療家として磨き上げる、という目的であるならば武術はそれに答えてくれるだけの可能性を持っています。

これは武士の時代であれば、明日戦場で生き残るために学ぶ、武術の真髄を極めるために学ぶ、という違いとも言えます。

自分の目的と費やせる時間を考えた場合、長期的に見ていずれ成果が出ればいいと考えるならいいのですが、短期的な成果のみを求めるならば、武術はあまりお勧めとは言えません。



◯実際両方学んでいる身としては

私個人は合気道を先に学んで、後に活法を学びはじめましたが、どちらの稽古でも「あ、合気道(活法)のアレと同じだな」と気づいて内心ニヤリとすることが増えましたし、稽古が進むにつれ、双方の技術や原理の分析がどんどん進むようになりました。
(合気道は段階が進んでいくと活法的要素の割合が増えてくるので、厳密には殺法、活法という区別はない)

生涯をかけて技術を向上させていこうとする治療家の方には是非何かしらの武術を学んで欲しいと思っています。



◯つきまとう問題点

しかしながら始めに述べたように、そういったものを学べる武術の道場、もっというと指導者がどこにでもいるわけではないのも事実です。

「治療家のための武術ボディワーク」的なセミナーも最近増えましたが、各自の方の持つ治療技術との相性は受けてみないと分かりません。


「必要な段階に至ったとき、師は目の前に現れる」という言葉があるそうです。

本当の意味で高みを目指し、驕ることなく稽古を続けていけば何かしらの出会いやチャンスがやってくるのだろうと思います。

言い方を変えると自分が情報を集める際のアンテナがどこを向いているか、ということです。

武術が自分に必要かどうかは自分の出会いという形で結論が出ると思います。
ですがそのタイミングが今なのか10年後なのかは誰にも分かりません。



最後にもう一度私の結論を

治療家にとって武術は「学んでおくと絶対的に有利だが、必ずしも必要という訳ではない」

治療家として目指す方向性によって自然に武術へ向かう人もいれば、そうでない人もいます。

どちらも間違いではありません。