2017年08月

定義の違いに気づけ!

言語というのは便利なもので様々な情報を自分以外の人間に伝えるツールになります。

しかしながら同じ言葉であれば1対1対応で同じ意味を表現しているわけではありません。

人によって言葉の定義が微妙に異なることが多く、それを放置したままにしていると話が噛み合わなくなってきます。


ここでいう言葉の定義とは「その人がその言葉をどういうニュアンスで使っているか」ということになります。

言葉の定義はその人の知識、教養、経験から生まれます。

つまり相手との知識、教養、経験の量、質、幅などの要素の差があればあるほど、お互いのコミュニケーションは成立しづらくなります。



例えば最近よく使われる言葉に「力を抜く」「脱力」という言葉があります。

「脱力」の辞書的な意味を調べると「力が抜けること」とありますが、これを「力を抜く」と同じ意味かと問えば、人によって同じという人もいるし、違うという人もいるのが現実です。

ちなみに私は「意味が違う」と考えていて、説明の時には使い分けています。

「力を抜く」は能動的な行為であってまず「力を出す」ことが前提にあります。(「力が入る」のではないので注意)

「力を出す」ことで生まれる筋肉の反発力を吸収したり、緊張感をコントロールするのが「力を抜く」ことであると定義しています。

力が抜けてもフニャフニャ、グニャグニャになったり姿勢が崩れることはなく、力を抜いた状態でも動けるのは必須です。

一方「脱力」はフニャフニャ、グニャグニャの状態で、その状態では動きは生じないものと定義しています。


一般的な感覚で表現すると

力を抜く = 制御可能 = リラックスした体

脱力 = 制御不能 = 気を失った人の体

に近い意味で使っています。



この定義が正しい、間違っているという議論には意味がありません。

正しいか間違っているかを考えてしまう人は言葉に振り回されているだけです。


当然違う意味合いで「力を抜く」「脱力」という言葉を使っている人もいると思います。

細かいニュアンスを考えずに使っている人もいると思います。

しかし、技術として「力を抜く」「脱力」を考えた場合、その言葉を当てはめた技術の細かな定義を持っていないと稽古も質問も議論もできません。

また、その技術を知らない人との会話の中で、自分の持つ定義を相手に伝えないまま話していても理解されづらい上に噛み合わなくて口論になる、などということもよくある光景です。




話を聞く中で相手の言葉の定義を読み取っていくことは昔から「行間を読む」という言葉で表現されています。

これは言語・非言語を問わず相手の言葉や言葉の裏に秘められた様々な情報をを読み取ることであり、時に見せながら、時に隠しながらコミュニケーションするのが「駆け引き」で、これは「見切り」や「以心伝心」にも繋がります。

「言わなくては分からない」「説明がなくては分からない」は武道として遅いと言わざるを得ません。

武道に限らず、商談や渉外、詐欺行為においても言えることなのではないかと思います。




ここまで読んで「意味が分からん!」という方は何回か読んで行間を読み取って頂ければと思います。

歴史を紡ぐ夏

8/15,16は私の地元、横手のお盆夏祭りでした。

普段の町の様子からは想像もつかないほどの数の人がお祭り会場に繰り出していました。




毎年8月15日は盆踊り。







16日は屋形船の繰り出し。






どこの地域も似たようなスケジュールで盆踊りや夏祭りが開催されていると思います。

横手の夏祭りは、私が物心ついた頃にはもう当たり前のように行われていました。
時代は変われど、年に一度の祭りを毎年楽しみにしている人は少なくありません。
7月中頃から夕方にお囃子の練習の音が聴こえてくると「今年も夏が来たなぁ〜」とぼんやり感じます。


横手の屋形船のルーツは享保の大飢饉(1732年、将軍徳川吉宗の時代です)で亡くなった方々の魂を供養するためのものだそうで、もう300年近い歴史があります。


一方、8/5には今年から始まった、高校生をはじめとする若い世代と地元の個人店主との繋がりを作るイベント赤門祭、8/20には今年で7回目となる野外音楽イベントYOKOTE音FESTIVALが開催されました。



赤門祭は100年続く祭を目標に掲げています。




YOKOTE音FESTIVALは毎年参加者やボランティアスタッフが増え、横手の夏の風物詩としての存在感を増しています。


写真は静岡から参加したエンタメバンド「ラディアルレイズ」





「不易」と「流行」という松尾芭蕉が見出した理念があります。

不易とは時を超えて不変の真理、流行とは時代や環境の変化で変わる法則のこと。

どんなことであっても長く続けるというのは簡単なことではなく、長く続けるためには流行を追いかけながらも不易を見出し、生み出していくことが欠かせません。

いいとこ取りしたつもりでツギハギしても、その中に根幹となるものが無ければやがて廃れます。



横手の夏のイベントはどれも必要に迫られてやっているわけではなく企画・運営する側も参加する側も「楽しむ」ということが根幹にあります。

「笑顔で生き生きとした時間を過ごす」ことが世代を超えて継承されていくものと思います。




私が現在学んでいる活法はルーツが戦国時代ですから、横手の送り盆よりも100年長い歴史を持ち、今に伝えられています。

一方、活法から生まれた鍼灸技術、整動鍼は世に出てまだ3年、赤門祭とYOKOTE音FESTIVALの中間くらいの年数です。

どちらにもその治療効果の高さと即効性、持続性から「術者も患者も笑顔になる」という価値を全国各地に生み出しています。


治療業界で「不易」となるか「流行」で終わるかは継承した1人1人の腕にかかっています。

横手の夏はもうじき終わり、暑さも落ち着いてきますが、活法・整動鍼の熱い時代はまだ始まったばかりです。

宮部みゆき著「荒神」を読んでこんなものを思い出した

遅ればせながら先日、宮部みゆき著「荒神」を読みました。

宮部 みゆき
2017-06-28




小説は読み始めると他のことを全て放っておくダメ人間になるくらいに没頭しやすいので、最近あまり読まなかったのですが、今回なぜわざわざこの小説を読んだかというと、単純に作品の中に碓井流活法が登場するからです。

活法研究会内のブロガー鍼灸師達も「荒神」についてをブログの中で書いています。





「荒神」は朝日新聞の朝刊で2013〜2014年に連載、単行本が刊行されたのは2014年ですので、上記のブログ記事は数年前のものです。

私は今回文庫版が発売されたので、新聞掲載時の挿絵を本にした、こうの史代著「荒神絵巻」と一緒に購入。


こうの史代
2014-08-20




この2冊、今まであまり本屋で見かけなかったのですが、2018年1月にBSでのテレビドラマ化が決まったらしく、その番宣のために本屋に山積みになっていました。

おそるべしドラマ効果・・・。



話の中核を担う「怪物」をどう映像化するのか、絡み合ったプロットをどう解きほぐしてオリジナル要素を出していくのか、それともそのまま映像化するのか、配役は誰になるのか・・・色々興味は尽きませんが半年後を楽しみにしたいと思います。



さて「荒神」についてあれこれ語りたいところではありますが、書き出すと完全にネタバレブログになってしまうので、今回は「荒神」を読んで私が連想した小説や映像作品を紹介したいと思います。






「ジェヴォーダンの獣」




いきなりマニアックな感じのものからいきます。

18世紀のフランスジェヴォーダン地方で実際に起こった謎の怪物による殺戮事件を基にしたフィクション映画です。

映画は謎の怪物による犠牲者が増える中、一人の博物学者が王命で派遣され、その正体に迫っていく、というもの。

正体不明の獣の存在や、そこにまつわる様々な人間の思惑や人間関係は「荒神」の大きな流れと似ている気がしました。

ミステリー要素も含みつつ、アクション要素も存分にあり、主人公の博物学者とその相棒が、獣やそれ以外の敵と戦うシーンはかなりカッコイイです。

ちなみにこの主人公、なんとなく荒神の登場人物、榊田宗栄を思わせます。

活法は使いませんけどね。





「ゴジラ」シリーズ

怪獣というと日本人が真っ先に思い浮かべるのはやはりゴジラだと思います。

中でも「荒神」と似た感じを受けるのは第1作目の「ゴジラ」と「ゴジラ モスラ キングギドラ 大怪獣総攻撃」です。

宝田 明
2014-04-23






第1作目の「ゴジラ」では、海に住む伝説の怪物「呉爾羅(ゴジラ)」の伝承があり、当初はその体の一部と襲われた村の様子が描かれます。

「ゴジラ モスラ キングギドラ 大怪獣総攻撃」ではゴジラに対抗するため、日本各地に封じられた護国聖獣モスラ、ギドラ、バラゴンを目覚めさせます。

ゴジラは常に「戦争」や「核兵器」などのテーマを踏まえていますが、そうしたテーマや昔の伝承が現実のものとなるというあたりに「荒神」と似たものを感じました。

それにしてもタイトルに名前を出してもらえない上、登場してからあっという間にゴジラに倒されるバラゴンが可哀想・・・(笑)





「帝都物語」

そしてこれです。




巨大な怪獣は一切出てきませんが、式神や鬼の類、陰陽道、風水、奇門遁甲など、サブカル魂を揺さぶられる要素がてんこ盛りの作品です。

私は映画の方を先に観ましたが、嶋田久作さんの加藤保憲役がハマり過ぎていて、内容よりも加藤保憲の存在感に目がいってしまいました。



平将門の怨霊により帝都東京の破壊を目論む魔人加藤保憲とそれに立ち向かう人々との攻防を描くこの作品は、陰陽道や風水の要素の色濃い影響と、様々な登場人物の思いや人間関係が入り乱れ、独特の世界観を構築しています。

映画版の、土御門家の平井保昌(平幹二朗)の元を渋沢栄一(勝新太郎)が訪れるところから始まる冒頭のシーンは、圧巻であるとともに帝都物語の世界観を凝縮していて結構好きです。




これらの作品を紹介しただけで既に「荒神」のネタバレをしてしまっている気がしなくもないですが、「荒神」を読んでその設定や世界観が好きだと感じる人なら楽しめる映画ではないかと思います。

「荒神」自体は読み応えがあってかなり面白いですし、一気に読み進めてしまうくらいに引き込まれる作品ですので、気になった方は是非!
ギャラリー
  • 私が活法セミナーに通い詰める2つの理由〜活法基礎セミナー下肢編レポート〜
  • 歴史を紡ぐ夏
  • 歴史を紡ぐ夏
  • 歴史を紡ぐ夏
  • 歴史を紡ぐ夏
  • 宮部みゆき著「荒神」を読んでこんなものを思い出した
  • 秘境に挑む鍼
  • 秘境に挑む鍼
  • 爪で感じる「技」
livedoor プロフィール
  • ライブドアブログ