最近活法と合気道の話題ばかり続いていたので今回は別の話題にしようとしてiPhoneを手に取りました。(私はブログ記事は全てiPhoneで書いています)


しかしいざ最近頭に浮かんだことはというとやはり活法と整動鍼と合気道の話ばかりです。
恋愛の話だとか最近流行のものの話でもすればいつもと違った人が読むかもしれませんが、その方向には極端に疎く、話題が一切広がりません。

あとできそうな話というとゲームの話でしょうか。ゲームというと私の中ではFFとFEが二大巨頭です。

FFは言わずと知れた「ファイナルファンタジー」シリーズ。
FEは分かる人は分かる「手強いシミュレーション」ですね。




そうそう、FFと言えば先日ここに行ってきました。


天野喜孝・弓彦親子によるファンタジーアート展です。


今ではFFシリーズのⅦ以降しか知らない世代もいるはずなので、「FF=天野喜孝」というイメージを持っているのはアラフォーかそれより上の世代かもしれません。


会社が潰れそうだった1980年代のスクウェアがこれが最後になるかもと思いつつ、社運を賭けて発売したのが第1作目の「ファイナルファンタジー」だというのは有名な話ですが、現代と違い、当時のゲームは情報が少なく、CMとか箱の絵柄が買う際の決め手になっていた節もありました。いわゆるジャケ買いというやつですね。
そこでスクウェアが依頼したのが天野喜孝さんだったわけです。






天野喜孝さんはタツノコプロで「タイムボカン」なんかのキャラクターデザインをし、後に独立。人気も実力もある絵描きさんで、小説の挿絵なんかも多数手がけています。
今回の展覧会のイメージ絵にもなっている菊地秀行さんの「吸血鬼ハンターD」シリーズや、マイケル・ムアコックの「エルリック・サーガ」をはじめとする「エターナル・チャンピオン」シリーズなんかの挿絵が有名ですね。




ちなみに最近のファンタジー系ゲームに出てくる武器の1つ、ストームブリンガーはこのエルリックサーガが出典です。




今回の展覧会で並んでいたもののほとんどは石版画によるもので、筆で描いたものと違って複数作っているとのことでした。200〜300枚限定のものが多いようです。


今回の目玉でもあり天野喜孝さんが海外で評価されるきっかけにもなった作品が「街〜エボキシ〜」という作品。

FF6の箱の絵と言った方が分かりやすいですね。



絵描きさんという人種は余白を埋めたくなるものらしいです。
確かにどんなに有名な絵であってもキャンバスの余白を残したままにしているものは少ないですね。

そしてファンタジーアートにおいて何らかのキャラクターを描くとき中央にキャラクターがいないというのもまずあり得ないそうです。

この「街〜エボキシ〜」という作品はその2つの常識を破りながら1つの作品として完成しているわけです。

この絵を観た人達が「ohh... it's amazing !!」と言ったかどうかは知りませんが、とにかくものすごい驚きと高い評価を持って迎えられたことは間違いないようです。


また驚くことに版画の原型となる元の絵は1日のうちに完成するそうです。
というのも、天野喜孝さんは頭の中で描くべき絵のイメージを完成させるまでに膨大な時間をかけ、描く時は休まずに一気に描き切るんだそうです。

何だそりゃ、と思ったものの、同じようにことに臨んでいる人達がそういえば割と近くにいました。


整動鍼は少ない鍼で治療します。そのためには思いつきで鍼をせず、患者の体の症状や状態を把握し、原因を解決できるツボを絞り込んで鍼をします。

つまり「ツボを使って患者が治る道筋やイメージが完成してから鍼をする」わけです。

治療がうまくいかない時というのはこのイメージがハッキリしていません。
逆に上手く行く時というのはイメージがハッキリしているので、ほぼその通りのことが起こります。


「準備に重きをおく」という考え方は孫子の兵法にも通じます。



元の才能が違うので同じような取り組み方をしたからといって天野喜孝さんのような絵を描けるわけではありませんが、絵、兵法、鍼灸と全く異なる分野から導き出される方法論というのは1つの真理と言っていいのではないかと思います。


絵を観に行ってまで結局治療に関わることを考えてしまうというのは、そろそろ人として問題がありそうな気もしますが、似たような人が全国にチラホラいるのを知っているので多分大丈夫でしょう。


まとまりがないですが今回強く思ったのは「余白を持てる人間」になりたいな、ということ。
余白を含んだままの完成は色で埋め尽くした完成より、少し余裕を感じます。