私が平城鍼灸整骨院を開業したのは平成23年3月1日。
今日で6年が経ち、7年目のスタートということになります。

短いというわけではありませんが、長いというほどでもない、なんとも中途半端な年数です。
ですが開業して5年後も残っている治療院は全体の1割と言われる業界の中での6年と考えれば長いといえなくもなさそうです。

合気道の方はというと、大学生の頃からなので20年以上になります。
一般の感覚だと長いかもしれませんが、個人的な感覚でいうと、まだ20年しか稽古していない、という感覚です。

合気道で飯を食っているわけではないので、稽古に費やす時間も生活の中の一部だけです。
それでも稽古の方向性だけは間違えないように常に気をつけています。

一方、一昨年から学び始めた碓井流活法は1年半くらいです。
最近は活法の名を冠していても武術的な要素を全く持たない技術を伝えているセミナーも増えていると聞きます。
活法という名前自体は広い意味では「活かす法」であり、必ずしも武術との関わりがなくてもいいとも言えますが、古今東西の治療技術の源流として日本に古来より伝わる活法は武術の裏技であり、その名残を技術体系の随所に残しています。
私が碓井流活法に惹かれたのは、合気道という武術と同じ原理や要素を持っていると感じたからです。

つまりは「本物」だと感じたからです。


現在は、セミナーに参加して型とコツを教わり、帰ってきて治療に使い、自分の血肉に変える作業の真っ最中です。

ということは技術的に不十分では?と思うかもしれませんが、そこは心配ありません。
活法は型通りに行えば必ず変化を出せます。
これは武術に関しても言えることですが正しい型は術者を助けてくれるのです。これもまた本物の証です。
型とはどんな人であってもその道を正しく進むための道しるべでもあるのです。


活法から生まれた鍼灸技術である整動鍼は世に出てからまだ数年ですが、治療経験1,2年の人が10年以上の経験を持つ人を超える可能性を持っています。

鍼は未だ人知を超えた道具である気がします。その証拠に現在もそのメカニズムは完全には解明されていません。
鍼はそれ自体が道具としては優秀過ぎるのです。

古来より伝わる優秀な道具が、本物の治療技術と出会って生まれたのが整動鍼です。

即効性、再現性、簡潔性においては他の追随を許しません。使えば使うほど、本物だと感じます。


ただ一つ残念なのは、これだけ素晴らしいものがあるのに、東北には全くと言っていいほど仲間がいないことです。

活法も整動鍼ももちろん合気道も、一過性のブームで終わるようなものではありません。
そうした価値あるものだからこそ、本物を求める人が学びに来るのだと思います。

活法も整動鍼も学ぶことが目的ではなく、どう活かしていくかです。
合気道も同じで、開祖は弟子に「儂は合気道でお前たちの個性を伸ばしてやるんじゃ」と言っておられたそうです。

方向性を違えることなく、この1年を歩んでいきたいと思います。