活法も合気道も1つの技を何度も何度も繰り返し稽古してその精度を上げていきます。いわゆる型稽古ということになります。 
最近は型稽古は同じことを繰り返すだけで創造性が培われず意味のない古臭いもの、という評価をする人も見かけますが、それはその人が中身のない形骸化した型しか見たことがない、稽古したことがないからだと思います。
現代は形骸化した型が多数普及してしまっているためということもあるのかもしれません。

型稽古には2つの側面があります。

①技術の再現手順
②自己変革の題材

実際にはこの2つは分けることはできませんが、いわゆる形骸化した型は片方だけの要素しかないものもあります。

ここから先の話は形骸化していない「型」の話になります。


◯手順通りやれば誰でもできる

技術の再現手順としての型は一般の方の型のイメージと重なります。
型は非常に合理的な理論が展開されているので、手順通りに行えば初心者でもそこそこの成果を出せます。

合気道で言えば素人に原理を体験してもらい「え?何今の?」と言ってもらえるレベルです。
活法で言えば施術によって患者さんに体の変化を感じてもらえるレベルです。この段階にコミュニケーション能力を駆使すれば患者さんからはゴッドハンド認定されると思います。

この段階はコツを身につける段階です。稽古の頻度や密度、指導者の力量にもよりますが数ヶ月〜数年で身につくのではないかと思います。

ビジネスに用いる技術としてはこの段階でも十分に成果が出ます。というよりはこの部分のみがビジネスのして宣伝したりセミナーをしたりできる部分だろうと思います。


◯型で自分の壁を破る

型によって原理を再現できるようになってもそれはただそれだけのこと。
「合気道って実戦で使えるの?」という質問をされることがありますが、この質問に対する詳しい答えはまた別の機会に別の場所ですることにして、ここでは原理を再現できるだけの段階では実戦では使えない人が多いだろうというだけに留めておきます。

ここで自己変革の題材としての型の意味合いが出てきます。
そもそも型というのは実戦の雛形ではありません。相手がこう来たらこう動く、という手順を使うのではなく、その型に取り組むことによって得られるその流派独自の体や心の使い方を身につけるためのものです。

型とは問いです。

正しい問いには答えが深まれているといいます。

型にはすでに答えがあります。その答えにたどり着くために自分がどうあるべきか、ということに向き合うのが型稽古です。

「自然に体が動く」などという体験にも示されるように無意識レベルで型の原理が再現できないようでは実戦での利用などおぼつきません。

その中でも心の働きは重要です。これは理論や指導法だけの問題ではなく年月をかけて悟っていく必要があると思います。

活法で言えば、こうした部分が患者さんに余計な緊張を与えずに施術することにつながります。つまりは安心感や信頼感です。

巷で言われるゴッドハンドと達人の差はこの辺りにあると思います。ゴッドハンドと呼ばれる人は数多くいますが達人と呼ばれる人はごくわずかです。


◯型は創造性を鍛える

合気道開祖植芝盛平先生はある日突然「この技はこうやる」と、ある技を前日までとは全く違う入りで解説し、それが型になっていったことがあるそうです。何か閃くものがあったのかもしれません。
私自身も説明しながらふと「これはこうするんじゃないか?」と閃き、実際に試すとその方が技の原理に沿っていた、ということがよくあります。

型は色々と考えて作られたものではなく、あるときふと体が閃いた動きを再現できるようにまとめたものではないかと思います。

新しい技や型が生まれるときがおそらくそうで、これは発明だとかイノベーションだとかの世界を変えるアイデアが生まれる瞬間と似ているのではないかと思います。


世界を変えた人々の中には瞑想という型を使っている人も多いようです。

顕在意識ではなく潜在意識が出す発想。

型は潜在意識を鍛えるためのものとも言えそうです。


◯それでも型は誤解される

よく「いいとこ取りをした◯◯」という宣伝文句を見かけます。その技法や流派の持つ「いいとこ」というのはその全体像を自分のものにして初めて見えるものです。
誰かが「この技術のこの部分が素晴らしい」「この技術のこれは使える」と言ったとしてもその発言した人がどの段階にいるかで意味は大きく変わります。
まして色んな技術をツギハギしてみたところで、自分がそれを真に体現できるレベルになければ技術の本来の可能性は発揮できません。

しかし、そういったツギハギの技術の方が派手に見えて素人受けがいいのも事実です。

もしそういう段階の人がセミナー等で技術を広めたりしたら・・・形骸化した型が普及している理由もなんとなく見えてきそうです。


ちなみに正しく型を伝える人には共通点があります。
いずれ機会があれば書いてみたいと思います。