今日は地元で開催されたイベントを観覧してきました。


若い人達が自分の夢を語るもので、皆それぞれに熱い思いや目標があるのが伝わってきました。




◯自分のこと

若者たちの夢を聞きながら自分のことを考えていました。自分の夢は何だろう?

思い浮かぶのは活法と合気道のこと。

どちらも私がどハマりしていて、現在の生活の中心になっているとも言えるものです。

活法と合気道を必要とする人に活かしてもらうために、広く多くの人に知ってもらうことが現在の大きな目標です。


同時に新年早々ある人から聞いた言葉も頭に浮かびます。

「経験を共有できないものはピンとこない」


私の取り組んでいる活法も合気道も一般の人には未知のものです。
どれだけ言葉を尽くしても実際に施術を受けたり、稽古をしたりしているわけではないのでピンとこない。

活法や合気道をどのように認識してもらうかというのは非常に重要な問題です。



◯体験のジレンマ

体験は言葉以上に多くの情報を伝えます。それだけに「何を伝えるか」がとても大事です。

簡単で取り組みやすいもの、遊びの要素の強いものの方が多くの人にとって接しやすくなります。しかしそれによって伝えたい本質がぼやけてしまいます。

本質的なものを伝えないと他のものと誤解される場合がほとんどです。

活法を「◯◯療法」と名のつく新しい手技療法と同じと思っている人もいるでしょうし、合気道を空手と似たようなもの、柔道と同じようなものと考えている人も少なくないと思います。

もっとも、専門家以外にとってはそんな違いはどうでもいいことかもしれません。
活法なら症状の改善に効果があれば何でもいいし、合気道なら自分の求めるものに合うかどうかというだけの話。効果が無かったり合わなかったら他を探すだけのことです。

一般の人にとっては別に「活法」である必要も「合気道」である必要もないのです。
本質を伝えたいというのは専門家のエゴだろうと思います。

それ故「取り組みやすさ」と「本質を伝えること」にジレンマが生まれます。


◯何を伝えるか

本質を伝えることが取り組みやすさにつながればいいのですが、基本的に素人が専門性の高いものの本質をすぐに理解するのは無理な話です。
理解できないながらもそうした本質的な部分に興味を持ってくれる人にしか選んでもらえません。

個人的には「嘘をつかない」「誤魔化さない」という観点から考えても本質はぼやけさせない方が良いと思っています。

「何をして、どういう変化が体に起こるのか」ということを伝えるというのは活法にも合気道にも共通しています。
今年はできる限りそれを発信していこうと考えています。

活法や合気道に興味がある、価値を見出してくれる人により多くの情報を届けたいと思います。
誤解のみが広がる危険性ももちろんありますが、誤解を恐れているうちに話を聞いてすらもらえなくなってしまう可能性もあり、それよりはマシかもしれません。

忙しくなりそうです。